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新潟地方裁判所新発田支部 昭和46年(わ)119号 判決 1974年3月08日

主文

被告人は無罪。

理由

一、本件公訴事実は「被告人は、自動車運転の業務に従事する者であるが、昭和四五年一一月五日午前六時三〇分ころ、普通乗用自動車を運転し、北蒲原郡水原町大字水原三、六六七番地先道路を新発田市方向から新津市方向に向い時速約四〇キロメートルで進行中、被告人の進行方向の信号機の信号が赤色点滅であったから、一時停止し、左右の安全を確認後発進進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、速度を時速約一〇キロメートルに減速したのみで停止することなく左方道路から後記被害者の運転する普通乗用自動車が進行して来るのを認めながら同車両が到達する前に交差点を通過できるものと軽信し、同車両から目をはなし、右方道路を見ながら進行した過失により左方道路から進行して来た遠藤喜一(当二七年)運転の普通乗用自動車右前部に自車左側を衝突させ、よって同人に対し完全治癒見込不明の脳挫傷等の、自車に同乗中の高橋健次郎(当五一年)に対し加療約一四日間を要する上眼瞼裂傷等の、同富樫伸二に対し加療約一四日間を要する胸部腹部挫傷の各傷害を負わせたものである」というにある。

二、よって判断するに、≪証拠省略≫によると、次の事実が認められる。

被告人は昭和三七年一〇月大型免許を取得し、以後自動車運転業務に従事していたものであるが、昭和四五年一一月五日、当時勤務していた株式会社山崎組の用事で新潟県南魚沼郡六日町に赴くため、同僚である富樫伸二を普通乗用自動車(いすゞフローリアン四三年式新五ね一八五四、以下被告人車という。)の助手席に、同じく高橋健次郎を後部座席に乗車させて、同日午前六時三〇分ころ、時速約四〇キロメートルで本件事故現場である新潟県北蒲原郡水原町大字水原三、六六七番地先交差点にさしかかったこと、当時、被告人の進行する方向に対面する信号は赤色点滅信号でこれと交差して南北に通ずる国道四九号線道路(以下南北道路という。)を進行する方向に対面する信号は黄色点滅信号であったこと、被告人は右自動車を運転して右交差点に侵入したところ、交差点路上で左方の南北道路を新潟市方面に向け進行していた遠藤喜一運転の普通乗用自動車(マツダファミリア四二年式新五ふ一〇六九。以下遠藤車という。)と衝突し、同人は車外に放り出されて完全治癒見込不明の硬膜外血腫、脳挫傷の傷害を負い、自車に同乗中の富樫伸二は約二週間の安静加療を要する胸部腹部挫傷、左肘挫創、項部挫傷の傷害を負い、同じく自車に同乗中の高橋健次郎は上眼瞼裂傷、下眼瞼左鼻根部裂傷等の各傷害を負った。以上の事実が認められる。

三、そこで、次に本件公訴事実中、過失の有無につき検討する。検察官は、被告人は本件交差点において一時停止を怠った過失があると主張するので、先ずこの点につき判断するに、なるほど、右主張に添う証拠としては富樫伸二の検察官に対する昭和四六年一一月一七日付供述調書および被告人の司法警察官に対する供述調書二通がある。ところが、右富樫伸二の検察官調書はその後の同人の昭和四七年一月一三日付検察官調書によって「停止したのかしないのか自信をもって断言できない」という供述記載に変更していること、同人の司法警察員に対する供述調書においても明確に一時停止しなかった旨の記載がないこと、同人の当公判廷における供述でも被告人が一時停止したかどうか分らない旨述べていることなどを併せ考えると富樫伸二の前記昭和四六年一一月一七日付検察官調書の記載は必ずしも信用するに足るものとは言えない。また、被告人の司法警察員に対する昭和四五年一一月五日付、同月七日付各供述調書では、いずれも交差点直前で速度を一〇キロメートル位に減速して直進した旨の記載がある。ところが医師渡辺信介作成の各診断書によると、被告人は本件事故により後頭部挫創、右眼部裂創、頸部打撲、左手背及両膝下部打撲、右臀部打撲により全治まで約二〇日間を要する傷害を負ったことが認められ、したがって、右司法警察員に対する供述調書は被告人が右のような傷害を負った当日および翌々日に水原警察署において取調べがなされたことに基づいて作成された調書であって、当時、被告人は傷害による肉体的、精神的苦痛と本件事故による精神的苦痛が極度に昂じていた状況下にあったものと推察され、このような状況下で作成された供述調書の証明力は極めて薄弱であるといわざるを得ないし、またその後病気が完全に治癒した後に作成された被告人の検察官調書では明確に一時停止した旨供述していることに照らすと被告人の前記司法警察員調書中の一時停止しないで進行した旨の供述記載は必ずしも信用するに足るものとは言えない。

なお、被告人車の後部座席に同乗していた高橋健次郎の検察官調書によると「何かブレーキがかかった感じと同時にドカーンというぶつかったショックがあり……」という供述記載があり、右記載によると、被告人が一時停止しないまま交差点へ侵入して本件事故を惹起せしめたようにうかがわれるが、右供述調書によると同人は被告人車の後部座席で眠っていたのであり、そのうえ同人の本件事故後未だ日も浅い時期に作成された昭和四五年一一月二八日付調書によると「私は……眼をつむっていたため運転手が停車したのかどうかわかりません。」との記載があり、これらのことから判断すると、右高橋健次郎の検察官調書の記載をもつて被告人が本件交差点において一時停止しなかったとする証拠とはなし得ないものといわざるをえない。

その他、本件で取調べた全証拠をもってしても、被告人が本件交差点直前において一時停止しなかったとする点につき証明するに足る証拠はなく、したがって本件公訴事実中、被告人が一時停止を怠った過失があるとする点については、犯罪の証明がなく、また同様一時停止を怠ったとする道路交通法違反の罪についても犯罪の証明がないものといわなければならない。

四、次に、被告人に左右の安全確認義務を懈怠した過失があるとの検察官の主張につき判断する。

≪証拠省略≫によれば、被告人車の進行した道路は車道幅員約八メートルの歩車道の区別のあるアスファルト舗装された道路(以下東西道路という。)であり、遠藤車の進行した道路はこれとほぼ直角に交差する車道幅員約一二メートルの歩車道の区別のあるアスファルト舗装の南北直線道路(南北道路)であること、東西道路の両側および南北道路の両側にはいずれも人家が密集していて左右の見とおしは悪く、かつ、東西道路、南北道路とも優先道路でないこと、被告人は交差点直前で一時停止したが、そこからでは左右の見とおしが悪いのでさらに約一一メートル進行して交差点を僅かに入ったところで一時停止し、左右の安全を確認したところ、左方からくる遠藤車を発見したが、同車との距離が約一一八メートルであったため、自車が先に交差点を通過し終ることができると考えて時速約一〇キロメートルで発進徐行し、約一五メートル進行したところで遠藤車と衝突したことが認められる。

ところで、本件交差点のように一方が赤点滅、他方が黄色点滅の表示されている交差点は「交通整理の行なわれていない交差点」に該るとすることは最高裁判所の判例であり(最第一小判昭和四四年五月二二日)、しかも南北道路は東西道路に較べ、道路交通法四二条の徐行義務が解除される場合に相当するような明らかに広い道路とは到底言えないから、したがって右交差点は道路交通法四二条(昭和四六年法律第九八号による改正前)にいう「交通整理の行なわれていない交差点で左右の見とおしのきかないもの」に該るから、遠藤は本件交差点に入ろうとする場合には徐行しなければならないのである。(弁護人は黄色点滅信号の場合に「自車前方を横断する車両の有無などに十分注意し、これとの衝突の危険をさけるべく必要に応じ、減速徐行すべき道路交通法上の義務がある」と主張するが、道路交通法施行令二条一項では「……他の交通に注意して進行することができる」と言っているに過ぎず、右規定から徐行義務があると解するのは相当でない。)

しかしながら、遠藤は前記認定事実から推認すると時速約八〇キロメートルで進行したことが認められ、このような高速度でしかも被告人車に対する注視不十分のまま交差点内で被告人車に衝突したものであって、本件事故は主として遠藤の法規違反による重大な過失によって生じたものというべきである。

そこで、さらに被告人にも過失があったか否かにつき検討する。

交通整理の行なわれていない交差点で、しかも左右の見とおしの悪い、かつ交差する道路の幅員が一方が他方に比し、明らかに広いとは認められない交差点において自動車運転者が一時停止の標識にしたがって交差点直前で一時停止し発進進行しようとする場合には、これと交差する道路から交差点に侵入しようとする他の車両が交通法規を守り、交差点で徐行することを信頼して運転すれば足りるのであって、交通法規に違反し高速度で交差点に侵入しようとする車両のあり得ることまでも予想してこれと交差する道路の交通の安全を確認し、もって事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務はないとするのが最高裁判所の判例(最第三小昭和四八年一二月二五日判決)であり、これを本件についてみるに、本件は交差点における対面する信号の一方が赤の点滅、他方が黄色の点滅の場合であること、したがって一時停止の標識による停止ではなく赤の点滅信号による停止であることの二点において右最高裁判決と相異するものの、前者については前記説示の如く「交通整理の行なわれていない交差点」に該ると解すべきであり、後者については一時停止という点では何ら相異がないから結局は全く同種の事案であるというべきである。そうすれば、本件は被告人に対し将に信頼の原則を適用すべき事案に該ると解するのが相当である。

五、以上のとおり本件については業務上過失傷害、道路交通法違反のいずれについても犯罪の証明がないことに帰するので刑事訴訟法三三六条により主文のとおり判決する。

(裁判官 畠山芳治)

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